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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)3098号 判決 1997年1月30日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。そこで、以下に抗弁について判断する。

二  《証拠略》により認められる事実は次のとおりである。

1  被控訴人は、昭和四八年ころ、経営していた広告代理店が倒産して財産を失い、以後、平成四年ころまで貸金業の手伝いをした後、守衛、冠婚葬祭の互助組織である会社の代理店経営を経て、現在は無職の状態である。乙山商事は貸金業及び飲食業を営む株式会社である。

2  被控訴人は、乙山商事から、乙山商事以外の第三者が振出した多数の手形、小切手(以下単に「手形」という。)の交付を受け(被控訴人は貸金債権の担保であると主張している)、その一部については平成二年ころから訴訟を提起するようになったが、右手形の満期日の白地補充、取立てに回すかどうか、訴訟を提起するかどうかの判断、被控訴人名義の裏書の記載、訴訟提起前後を通じての訴訟外での債務者に対する請求、訴訟提起後の和解を受諾するかどうかの判断、判決に基づく訴訟外の和解書の作成手続等は、すべて乙山商事が行っている。

3  そして、被控訴人が乙山商事から裏書により取得した手形のうち取立てに回したもののほとんどは決済されておらず、被控訴人は、これについて乙山商事に対する訴訟外の請求や強制執行は行わずに、大阪周辺のほか七尾、能登(石川県)、土浦(茨城県)、熊野(三重県)等相当広範な地域において、乙山商事以外の手形債務者に対する訴訟や執行手続を行い、これにより回収した金員は、別紙出金・入金対照表1・2に記載のとおりすべて乙山商事に入金しており、しかも右入金手続は乙山商事の従業員が行っている。もっとも、被控訴人は、本件のように、裏書人である乙山商事を共同被告として訴訟を提起することもないではない(本件原判決中の当該部分は、欠席判決であり、乙山商事の控訴はなく確定している。)けれども、乙山商事に対する強制執行は考えていない(本件についても、被控訴人は、当審本人尋問において、控訴人に勝訴すれば、受け取った手形金は(別の手形と引き換えに)乙山商事に渡そうと思っている旨供述している。)。

4  被控訴人が、乙山商事から裏書を受けたとして大阪地方裁判所に手形金請求訴訟を提起した事件は、平成五年一月から平成六年八月までの間だけでも合計二二件に及んでいる。

三  ところで、被控訴人は、乙山商事から本件手形の裏書を受けた経緯として、被控訴人が丙川から融資を受け、これを乙山商事に貸し付けた貸金債権の担保として他の手形と共に本件手形の裏書を受けたものであると主張しているので、これについて検討しておく。

1  被控訴人が丙川から融資を受けたとの主張に沿う証拠は、甲三の1・2(四〇〇〇万円と三〇〇〇万円の平成六年八月四日付金銭借用証書)、乙一三の1(被控訴人の別件訴訟における本人尋問調書)及び被控訴人の当審供述である。

しかしながら、まず、甲三の1・2は、市販の定型用紙を使用し、そこに記入された事項は簡単なものであって、丙川なる者の関与がなくても容易に作成しうるものであるところ、そこに被控訴人が自ら記入した自己の名前(被控訴人当審供述)の筆跡等からみても、その記入事項はすべて被控訴人が記載したものではないかと疑われるものであって、その証拠としての価値は低いものといわざるをえないものであるのみならず、丙川と被控訴人との間の金銭の動きを認めるべき確実な書証は何一つ提出されていない。被控訴人は、当審において、昭和六一、二年から平成三、四年にかけて、丙川から六、七回にわたって金員を借り入れ、その残高は平成六年三月時点で約九〇〇〇万円、平成七年六月時点で約七〇〇〇万円であり、借用証書は年末毎に書き替え、また、金額が増減したときにも書き替えていた旨供述している。しかし、甲三の1・2の金額の合計額は七〇〇〇万円であるが、その作成日付はいずれも平成六年八月四日であり、右供述と相互に矛盾している。そして、被控訴人の当審本人尋問における供述によれば、丙川は、無職でさしたる財産もない被控訴人に対し、極めて多額の金員を担保もなしに貸し付けているということになるのであるが、そもそもそのようなこと自体到底考えがたいところである。

2  次に、被控訴人が乙山商事に対し多額の貸付をし、その担保として多数の手形を受領したという主張に沿う証拠は、甲二の1と乙三八(乙山商事の昭和六二年度確定申告書、ただし甲二の1はその一部)、甲二の2と乙三九(同平成五年度確定申告書、ただし甲二の2はその一部)、乙一二(別件訴訟における乙山商事の代表取締役丁原松夫(以下「丁原」という。)の証人尋問調書)、前掲乙一三の1、丁原の当審証言及び被控訴人の当審供述である。

しかしながら、まず、右貸付を裏付けるべき借用証書等の基本的契約書や、貸付と返済に伴う被控訴人と乙山商事との金銭の動きを認めるべき確実な書証等の基本的書証が提出されていない。また、被控訴人主張の別紙貸付金一覧表によれば、乙山商事に対する貸付金額が九〇〇〇万円となったのは昭和六二年五月三〇日であるのに、乙三八(同年度確定申告書)では九〇〇〇万円に対する年一五パーセントの割合による利息一年分(一三五〇万円)が、同年四月一日から昭和六三年三月三一日までの期間の支払利子額として計上されており、相互に矛盾がある。更に、乙三九(平成五年度確定申告書)には、借入金残高八〇〇〇万円の記載があるのみで支払利子の記載がないが、右年度に利息の支払いがなかったことについての合理的説明もない。そして、被控訴人が乙山商事から取得した手形には乙山商事振出しのものは含まれていないこと、被控訴人は、右手形のうち取立てに回したもののほとんどが不渡りとなったにもかかわらず、右不渡手形については、乙山商事に対しては、形だけは訴訟を提起しても強制執行はしておらず、乙山商事以外の手形債務者に対する訴訟や執行手続を行い、これにより回収した金員はすべて乙山商事の従業員の手により同社に入金されていること、被控訴人が乙山商事から受領した手形の満期日の白地補充、取立てに回すかどうか、訴訟提起をするかどうかの判断、被控訴人名義の裏書の記載、訴訟提起前後を通じての訴訟外での債務者に対する請求、訴訟提起後の和解を受諾するかどうかの判断、判決に基づく訴訟外の和解書の作成手続等は、すべて乙山商事が行っていることは前記認定のとおりであり、右事実は被控訴人が乙山商事に対して多額の貸付をしているという主張からは、全く理解しがたいところである。以上のほか、前掲各証拠相互間にほかにも矛盾するところがあることをも併せ考えれば、被控訴人が乙山商事に対し多額の貸付をし、その担保として手形を受領したという主張に沿う前掲各証拠(部分)も信用できない。

3  前記一で認定した事実関係をも踏まえて、右1及び2で述べたところから考えれば、被控訴人は、甲三の1・2の金銭借用証書及び甲二の1・2(乙三八・三九)の確定申告書等により、被控訴人が、丙川なる者から借り受けた金員を資金として自ら乙山商事に多額の資金貸付をしているという外形を作出しているけれども、被控訴人には、自ら高額の貸付をする資力のないことはもとより明らかであるところ、丙川なる者から高額の金員を現実に借り受けていた、あるいは、借り受けるだけの信用があったものとは到底認めがたいところであり、右作出された外形に見合う実体があるものと認めることはできない(あるとすれば、それは、乙山商事の金主である丙川なる者が、自らは名前を公にしたくないところから、被控訴人の承諾を得て、乙山商事に対する貸主名義として被控訴人の名前を使用しているに過ぎないのではないかと推認される。)。そして、他に、被控訴人が、自らが貸主として乙山商事に多額の金員を貸し付けていたという事実を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、乙山商事に対する自己の貸付債権の担保として他の手形と共に本件手形の裏書を受けたものであるという被控訴人の主張は採用することができない。

四  訴訟信託の成否

前記二に認定した事実、三で検討した事情(特に、被控訴人と乙山商事との間に本件手形を含む多数の手形が授受されることに見合うだけの対価関係が認められないこと)によれば、乙山商事は(同社が丙川なる者から融資を受けているのであれば、その意向にしたがい)、被控訴人に裏書した手形に関し、その裏書の前後を通じて手形債務者に対し自らその回収のための行動をし、被控訴人の提起した訴訟等においても重要な判断はすべて行って被控訴人に指示を与え、これによって回収した金員は自らが取得しており、被控訴人は乙山商事(ないし丙川)の指示によりその債権を取り立てることによって収入を得ているにすぎないものというべきであるから、乙山商事の被控訴人に対する本件手形の裏書は、被控訴人に訴訟行為をさせることを主たる目的としてなされた隠れた取立委任裏書であると認めることができ、本件の原審において乙山商事が共同被告となっていることは、被控訴人や乙山商事の既に見てきた行動からして、右認定を左右しないものというべきである。そして、これは信託法一一条に違反しており、右隠れた取立委任の合意のみならず裏書そのものも無効というべきであるから、被控訴人は本件手形については無権利者であり、控訴人は被控訴人の手形金請求を拒むことができるものというべきである。

よって、被控訴人の請求は理由がないから、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富沢 達 裁判官 古川正孝 裁判官 塩川 茂)

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